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赤マント

怖い都市伝説まとめ(日本)

日が沈む頃に現れる怪人。子供や女を誘拐して残虐な方法で殺害してしまうという都市伝説。

血に染まったような赤色のマントを羽織っていることから赤マントと呼ばれている。

昭和初期、日本各地で現れた噂があるが最古のものは1935年に大阪市北区松ヶ枝小学校の地下室にマントを羽織った男が現れたというもの。しかしマントの色が不明で正体は定かではない。

最も有名な話は1936年に陸軍青年将校らが起こした二・二六事件であろう。あちこちで起こった血みどろの惨劇により一面が朱に染まり、事件後は死体を警察や軍隊が片付け回ったという。その将校らが赤いマントを羽織っていたことから赤マント怪人伝説が生まれたという説がある。

言論統制もあり流言も多かった時代。赤マントは吸血鬼ではないかという噂も流れた。

その後はゲームや小説その他の創作物など数多くのモデルにもなり、更には別の都市伝説に派生するなどバリエーションも豊かである。

 

赤マントの元ネタ「青ゲットの男殺人事件」

赤マントのモデルとされるものはいくつかあるが、中でも一番有力視されているのは明治39年に福井県で起こった未解決の殺人事件であろう。「青ゲットの男殺人事件」として今でも数々の都市伝説の源泉ともなっている不気味な事件である。

概要は福井県坂井郡(現坂井市)三国町のとある回船問屋の商店に青いゲット(毛布)を被った男が訪れた。その男は隣村で親戚が倒れたのですぐ来て欲しいと番頭の加賀村吉を呼び出した。

その後同様の手口で村吉の母親キク、妻のツオも順番に連れ出した。しかし翌朝、三国町と隣村をつなぐ橋上で雪に大量の血痕が残っていた。警察の捜索によりキクとツオの遺体が発見され、ツオの頭部は斧のようなもので割られていたという。村吉は発見されなかったが殺害されたものと判断された。事件当時、橋の欄干が斧で切り落とされていたことから「鉞事件」とも呼ばれている。

警察の必死の捜査もむなしく大正10年に時効を迎え未解決事件となった。その後この事件は全国に広がりいつしか想像で語られるようになる。

吹雪の中を歩く青い毛布を被った男が次々と殺人を犯し、徐々に返り血で青い毛布が赤へ変容していった。そして赤いマントの怪人伝説が生まれたのである。

 

学校の怪談の怖い話

赤マントの怪人の派生で学校の怪談になったものもある。

最も有名なものは学校のトイレにまつわる「赤マント・青マント」という都市伝説であろう。

学校のトイレの個室で用を足そうとすると突然背後から青白い幽鬼のような男が質問してくる。

「赤いマントと青いマントどっちが好きかな?」

答えなければ男はいつまで経っても去らない。

赤いマントと答えればいきなりナイフで刺され全身から血が噴き出し殺される。

青いマントと答えると全身から血を吸い取られ真っ青になり絶命するのだ。

 

似た都市伝説で「赤い紙・青い紙」というものや「赤いちゃんちゃんこ・青いちゃんちゃんこ」というものもある。いずれも学校のトイレが舞台となっている。

ある女子高のトイレでのこと。個室に入って用を足すと紙がなかった。女子生徒が困っていると、どこからもなく声が聞こえてきた。

「赤い紙はいらんか、青い紙はいらんか」

怖くなった少女は思わず「赤」と答えてしまった。すると視界は真っ赤に染まりそれは自身の血であったという。「青」と答えると何者かに首を絞められて窒息死するという。

「赤いちゃんちゃんこ・青いちゃんちゃんこ」も同様の都市伝説で色を問われて答えると無残な死が待っている。赤は血を現し、青は窒息死など真っ青になって死ぬ運命が待っているのだ。

いずれにしてもトイレに行くときは遭遇したくない都市伝説である…。

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