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秩父貯水槽殺人事件「顔が溶ける女の霊」

たびたび目撃される黒いセーターの幽霊

埼玉県にある「永福寺」は秩父霊場二十二番札の霊場巡りの場としても有名で、二代歌川広重の「観音霊験記」という錦絵にも画かれている由緒正しきお寺である。

今から40年以上前の昭和52年12月7日、この「永福寺」わきにある、防火用の貯水槽で身元不明の腐乱遺体が発見された事件をご存知だろうか。

この事件は戦後最大級の心霊事件として名高く、怪談史研究家である小池壮彦が取り上げたこともあり、オカルト好きならご存知な方も多いであろう。

ではなぜ心霊事件として話題になったのか、それはこの事件が発覚する前から現場付近で幽霊の目撃談が多発したことが原因である。

 

遺体が発見された二日後の12月9日には毎日新聞(埼玉版)で事件について報じられたのだが、その新聞の記事の見出しにも「幽霊のウワサ…やはり…」とハッキリ書かれていたのだ。

まずはこの事件の経緯と、心霊事件と言われる所以についてご紹介しよう。

 

貯水槽から遺体が…

昭和52年12月7日、ピリピリと冷たい空気の中、地元消防団に所属する原田さんと大久保さんは、定期点検の為、永福寺わきにある防火用貯水槽を訪れていた。

かじかむ手にハァ~と息を吹きかけながら、点検のため重い上蓋を引きずるようにして開けると、辺り一面に激しい異臭が広がった。

 

※画像はイメージ

すぐさま手元にあった懐中電灯で作業員のひとりが貯水槽の中を照らしてみた。すると水面をユラユラと動く黒い布のようなものが見えた。よく見たらそれは髪の毛であった。

 

※画像はイメージ

鼻を突くような異臭に耐えながら作業用の棒で水面をかき回してみた。数秒後、懐中電灯に照らされ、白い腕のようなものが浮かび上がってきた。

さらに明かりを動かすとドロドロに腐乱した顔が浮かび上がり、作業員のひとりは「死体だ!」と叫んだ。その後二人は顔を見合わせてその場にへたり込んでしまった。

 

※画像はイメージ

すぐに近くの民家で電話を借り、最寄りの警察に通報。平穏な郊外は喧騒に包まれた。間もなく駆けつけた警察官らにより遺体の引き上げ作業がはじまったが、遺体はひどく腐乱しており、引き上げ時の重みに耐えきれず頭と胴体がちぎれてしまった。

第一発見者である原田さんは、当時の朝日新聞で次のように語った。

「だれかがイタズラしてぼろきれを投げ入れたのかと思った。放水管が詰まってはいけないので取り除こうとよく見たら、なんと死体だったので背筋がゾーッとした」

身元を特定するため司法解剖がはじまる

※画像はイメージ

腐乱遺体の発見から2日目の12月8日、捜査のため秩父署内にて東京医科歯科大助教授の執刀で死体解剖がはじまった。解剖の結果判明したことは下記である。

【身元不明遺体の特徴】
年齢:10代後半~20代前半
身長:155㎝前後
服装:紺色のトックリセーター、灰色のスカート
特徴:奥歯に治療の跡

遺体の腐敗が激しく死因は不明であった。腐食のため顔がドロドロに溶けており、復顔作業も難しく、皮膚が溶け落ちているため指紋も採取不能であった。唯一の残された手がかりは、奥歯の治療痕と遺体が履いていた靴であった。捜査班はそれを手がかりとし女性の身元割り出しを急いだ。

犯人が緊急逮捕される

遺体の損傷具合から捜査は難航すると思われたが、事件発覚から3日目である12月9日、犯人が緊急逮捕された。逮捕までの一連の流れはこうだ。

警察は解剖結果からの情報で、秩父地方の33ヶ所の歯科医に捜査員が向かった。その結果、遺体の治療痕と一致するカルテが見つかり、治療を施した医師をつきとめた。

 

また、遺体が履いていた靴からは「カトレア」という商品名もわかり、その靴も遺体の身元確認に貢献した。結果、遺体の身元は二年ほど前から行方不明になっていた地元の女性Yさん(21歳)であることが判明した。

その後、聞き込みで被害者であるYさんの交友関係を洗うと、失踪当時に被害者と交際していた田村という人物が容疑者として浮上したのである。田村の元に捜査員を派遣したところ男は犯行を自供しその場で緊急逮捕となった。

 

殺害の動機は被害者の妊娠であった

加害者である田村の自供によれば、田村と被害者であるYさんは恋人同士だった。

貯水槽で遺体が発見された日から遡ること三年前、昭和49年11月頃、Yさんの友人の紹介により二人の交際はスタートした。しかし交際して間もなくYさんの妊娠が発覚する。田村は妊娠をきっかけに彼女に結婚を迫られたが、のらりくらりと逃げ続けた。そのうち月日が経ち妊娠6ヶ月になり、堕胎することもできなくなってしまった。そしてついに田村は犯行に及ぶ。

 

昭和50年11月8日の夜、自動車でデートに誘いYさんを某川の河川敷に連れ出した。そこで妊娠について話し合い、口論の末、手元にあったタオルでYさんを絞殺したのである。そして子供を身ごもった遺体ごと防火用貯水槽へ投げ込んだのだった。

 

私はここよ…(遺体発見前の怪異)

現代でも恋人同士の知情のもつれによるこの手の事件はよく耳にするが、なぜこの事件だけがメディア各社に取り上げられて全国的に有名な心霊事件へと発展したのだろうか。

その理由は、Yさんが殺害された後遺体があった貯水槽のマンホールの付近で被害者とよく似た女性の霊の目撃証言が多発したことであろう。

幽霊の出没は、遺体が発見される一年以上前の昭和51年の夏頃からであると言われている。

大勢の方が現場付近で怪奇現象に遭遇するのだが、その一部をご紹介しよう。

 

何人もの人が被害者と酷似した霊を目撃する

あるタクシー運転手は、深夜「永福寺」付近の山道を走っていた。ふと前方に目をやると道端でうずくまっている女性を見つけた。こんな深夜に一人でうずくまる女性を見て「気味が悪いな…」と思いながらも、もしかしたら具合が悪いのかも、と車を停車させ「大丈夫ですか?」と近寄って声をかけてみた。

 

運転手は思わず「ひゃあああ!」と悲鳴をあげた。うずくまっていた女性の顔は腐ったようにドロドロに溶けており、悲痛な表情を見せたのだ。運転手は急いで車に駆け込み現場から逃げ出した。車に乗り込んで前方を見ると女性の姿はすでに消えていた。

 

また、タクシードライバーだけではなく、大勢の一般ドライバーも同様の怪異と遭遇するのだが、目撃証言には「ドロドロに溶けた顔」以外にも共通点がある。

 

とあるドライバーが事件現場付近(遺体が発見される前)を通りかかった時の話だ。車を走らせていると、ヘッドライトに照らされて前方に人影が見えた。徐々に車が近づいていくと黒いセーターを着た女性がうつむき加減で貯水槽の上にたたずんでいた。「こんな夜更けに何してるんだ?」とドライバーは思わずつぶやいた。不審に思うとともに女性の第一印象に違和感を感じたという。

違和感の正体はすぐにわかった。季節は夏にもかかわらずその女性は黒いセーターを着ているのだ。「気味が悪い」とドライバーは恐怖を感じたが、車は徐々に進み、たたずむ女性はすでに車の目の前まで迫っていた。だが、車はそのまま女性の横を何事もなく通過していった。「よかった気のせいか」とドライバーは安堵してバックミラーを確認してみた。すると先ほどの女性は忽然と貯水槽の上から消えていたという。

 

殺人事件があった翌年の同じ夏頃、この話以外にも現場付近の貯水槽のマンホール付近を通ると、「女性のすすり泣く声が聞こえた」という人が何人も現れており某番組でも取り上げられていた。

幽霊が出るという噂はその後も絶えず、現場付近には寺や墓場も存在していることもあり、地元民は貯水槽付近を通行する際は気味悪がっていたという。

不思議なことに、どの目撃証言も「顔が溶けている」「黒いセーターを着ていた」という具体的な共通点があったのだ。

 

「おばけがでる」と書かれた大岩

東京新聞は、現場付近の永福寺の門の近くの山道の脇道に「おばけがでる」とチョークで落書きされた大岩があったと報じた。

報道では、遺体が発見された日の1週間前にあたる12月1日に発見されたという。

しかも、地元民の話では、不思議なことに大人がようやく持てるような大岩(30cm程度)にもかかわらず、毎日少しずつ移動しており、貯水槽の方へと移動していたというのだ。

 

誰が落書きしたかという話でもあるが、その大岩の移動の話は遺体発見前の出来事ということもあり、まるで霊が自分の居場所へと案内しているような、何とも不可思議な話で騒然となった。その時報じられた原文は下記に引用しておこう。

死体が発見される一週間前ごろから現場わきの小道「お寺坂」の中ほどに「おばけがでる」と下手な字で書かれた石が置いてあった。死体発見の八日の昼ごろまであったという。
(中略)
同署でこの石を回収して調べているが、うわさはパッと広がり、「そういえば、あそこで女がたたずんでいるのを見たが、近寄ったら消えてしまった」というまことしやかな話をするドライバーも現れ、「前に水そうの中を見た時は死体はなかった。流れがないところで死体が動くなんて……」とみんな顔を見合わせるのだ。(東京新聞引用)

亡くなった女性の無念か、カーナビにも異変が

じつはこの話には後日談がある。事件から27年が経った2005年8月10日、日本テレビで放送された「新・あなたの知らない世界」という番組内の取材中に起こった怪異で大きな反響があった。

 

放送日の一年前、番組制作のためジャーナリストである小池壮彦氏と取材班は、事件当時に貯水槽があった現場へ訪れていた。月日が経ちすでに貯水槽は埋め立てられており、かつての面影はなく蓋の痕跡のみが残されていた。小池壮彦氏は線香と花をお供えし手を合わせ故人を悼んだ。

その後、一行はご遺族を取材するため、事前に聞いていたご遺族宅の住所をカーナビに入力した。入力を終え案内に従い実家へと向かうのだが、その道中で不可解な怪異に遭遇してしまい取材班は戦慄することとなる。

 

目的地(ご遺族宅)に向かいナビの通りに車を走らせているとナビの音声案内に異変が起こった。

目的地に向かうには左に向かわなければならないのだが、目的地付近の分かれ道であるY字路に差しかかると、なぜか音声案内では「この先ナナメ右方向です」と流れた。

取材班は「おかしいな…」と耳を疑いつつも音声案内に従い右へと向かってみる。やがて音声案内が終了し目的地に到着すると取材班に戦慄が走った。

 

目の前には墓地が広がり、そこには事件で亡くなったYさんが眠る墓地もあったのだ。

小池壮彦氏は冷や汗を流し身をすくめていた。取材班はご遺族の住所ではなく、被害者であるYさん本人が眠る住所へと案内されてしまったのだ。

その後、何かの間違いではと取材班は別の場所から何度も同じようにナビで試してみるが、やはり同じ墓地へと案内されてしまった。ナビの故障では…と後日、小池壮彦氏はタクシーを呼んで同じ住所を告げるが、やはり同じ墓地へと案内されたという。

もしこの現象が被害者のYさんが無念を訴えるため自分の元へといざなったとしたら、何とも悲しい話である。

 

秩父貯水槽殺人事件まとめ

犯人が捕まり実刑が確定した後、しばらく幽霊の目撃がなくなったという。しかし昭和60年あたりから再び幽霊を目撃したという報告もちらほら出ている。

じつは事件当時の死体解剖の際にお腹から小指ほどの骨が出てきたという話がある。もしかしたら被害者の霊はいまだにお腹の子供を探して無念を訴えているのかもしれない。

事件当時、ご遺族の元へ取材に伺った産経新聞によると、被害者の父親は沈黙を守っていたが娘の死を受け入れらず、ついには執拗な報道陣に対し大声でこう叫んだという。「娘が死んでいるはずはない!」「何も聞かないでほしい!」「言うことはなにもない!」と。無念のあまりその声は震えていたそうだ。

もしかしたらナビでご遺族宅ではなく墓地に誘導したのは、自分が死んだことにより両親をこれ以上悲しませたくないというYさんの想いだったのかもしれない。

 

この事件は、殺害され貯水槽の上に霊となって現れたことも、ナビの案内で自分の墓へといざなったことも、すべては亡くなった娘とお腹の子供の無念によるものではないであろうか。被害者のご冥福を心からお祈り致します。

最後に当時の貴重な映像が残っていたので興味ある方は下記からご覧下さい。

 

新・あなたの知らない世界「幽霊が導く恐怖の結末」

溶ける女(本記事とは関係ない動画です)

地図

名称:秩父貯水槽跡地
住所:埼玉県秩父市寺尾3458

コメント

  1. 匿名 より:

    この話、少し前にテレビで放送されていましたね。もし腐乱死体は見たら腰が抜けて動けなくなります。それも深夜に、、、考えただけでゾっとしますね。